VS Code 1.104 アップデート徹底レビュー:エージェント時代の編集体験へ
はじめに
Visual Studio Code(VS Code)の 1.104 は、単なる小刻みな機能追加ではなく、エージェント(Agent)を中心に据えた“対話的な開発体験”へと着実に舵を切った版として印象に残ります。チャット、承認、安全性、MCP(Model Context Protocol)との連携、ターミナルやソース管理の磨き上げが、日々の編集体験の基礎から一段上の統合へと接続されました。以前は Cursor の無料枠を使い切った頃に距離感を覚えた時期もありましたが、いまの VS Code はオープンな土台と拡張生態系を武器に、AI時代の“基盤エディタ”としての完成度を静かに高めています。Kiro には Kiro の良さがありますし、AGENTS.md を活用すれば VS Code 上で“疑似 Kiro 的”なワークフローも設計できます。Kiro はまだプレビュー段階ですから、両者が相互に刺激し合い成熟していくことに期待します。
全体像(1.104 の要点)
- チャット体験の進化:モデル自動選択(プレビュー)、機密ファイル編集の確認、カスタムモードやプロンプトファイル連携の強化、ツールセット選択、フォント設定など。
- Agents/AGENTS.md:リポジトリ直下の AGENTS.md 対応(実験的)、コーディングエージェントとの協働(実験的)。
- 安全性と承認:ターミナル自動承認、グローバル自動承認、可視性や確認動線の見直し、AI 機能の無効化制御(Copilot を含む)。
- MCP 連携の見直し:サーバ指示の扱い、既定で自動検出を無効化、明示的な有効化導線。
- 生産性の底上げ:Todo List ツール、ツール呼び出しスキップ、セマンティック検索の改善、タスク/ターミナル支援の拡充。
- エディタ/UX:インラインサジェスト遅延の設定、Windows のウィンドウ境界色、タブスクロール表示、拡張機能アカウント管理、Issue Reporter 改善。
- 言語・拡張:JavaScript/TypeScript、Python の更新、GitHub Pull Requests 拡張への改善寄与、言語モデル用チャットプロバイダ API 強化、各種 Proposed API。
主要アップデートの解説
1. チャットとエージェントの基盤整備
- モデル自動選択(プレビュー): タスクの種類や文脈に応じて適切なモデルを選ぶ導線が整いました。人が逐一選択する煩雑さを軽減しつつ、再現性の担保と説明可能性の両立が課題になります。
- 機密ファイルの編集確認: チャット由来の編集が重要ファイルに及ぶ際に確認を挟むことで、意図しない破壊的変更を抑止します。ドリフト検知の補助としても有用です。
- プロンプトファイルとカスタムモード: リポジトリ内のプロンプトファイルをチャットと結び、特定作業用モード(例: コードレビュー、セキュリティ点検)を再利用可能にします。チームの作法を“共有可能な操作モード”として保存できるのは大きな推進力です。
- ツールセットの選択: 利用するツール群を明示的に選べるため、過剰な権限行使を避けつつ、作業粒度に応じた最小構成で動かせます。
- チャットの可読性/操作性: フォント指定、既定の可視性、数式レンダリングの既定有効化など、日常的な読み書きの体験が地味に整っています。なるほど、長時間の対話でも疲れにくい配慮が行き届いています。
- コーディングエージェントとの協働(実験的): 人と道具の中間にある“同僚のようなボット”という位置づけが、いよいよ実務の設計対象になってきました。役割分担の明確化が鍵です。
2. AGENTS.md(実験的)とリポジトリ駆動の運用
- リポジトリ直下の
AGENTS.mdを読み、エージェントに対する行動方針や権限境界を文書化できます。拡張や設定ではなく“コード(文書)として”チームの規範を残すやり方は、レビューや変更履歴管理との親和性が高いのが利点です。 - Kiro など他ツールにある“プロジェクトごとのエージェント設計”に近い体験を VS Code でも再現できます。自分たちの用語やワークフローを、エディタに染み込ませるアプローチが現実的になりました。
3. MCP(Model Context Protocol)の扱い
- サーバ側の指示(Server Instructions)への対応が進み、プロトコルの実用域が広がりました。一方で“自動検出を既定で無効化”したのは安全側の配慮であり、明示的な有効化を通じて予期しない接続を防ぎます。
- ワークスペースごとに有効化し、接続先や提供コンテキストを README/運用ガイドに明記すると、チーム内の理解負荷が下がります。
4. 安全性と承認フローの再設計
- ターミナル自動承認 / グローバル自動承認: 便利さと危うさは背中合わせです。スクリプト実行や生成コマンド適用のテンポは上がりますが、CI とローカルの状態差、秘密情報の扱い、思わぬ副作用に注意が要ります。原則は“狭い作用域”から導入し、監査可能性を確保しましょう。
- AI 機能の無効化制御: Copilot など AI 機能を局所的に無効化できると、規約や顧客要件が厳しい現場での採用障壁が下がります。
5. セマンティック検索・タスク・ターミナル
- セマンティックワークスペース検索の改善により、チャットと検索が補完関係になりつつあります。コードの“意味”に近い単位で探索できるのは、レガシーの読み解きに効きます。
- タスク/ターミナルの強化(エディタ内ターミナルの操作性向上、IntelliSense の拡張、スティッキースクロールなど)は、AI 支援が無くても効く普遍的な改善です。AI に任せず自分で素早く動く余地が広がっています。
6. ソース管理・エディタ体験・言語
- Git ワークツリーのプレビュー/移行支援、インラインサジェスト遅延設定、タブバーのスクロール表示や境界色など、日々の“ちょっとした摩擦”が減っています。
- JavaScript/TypeScript、Python 周りの更新や、GitHub Pull Requests への改善寄与は、VS Code が“エディタだけでなく開発統合環境”であることを再確認させます。
設計上の観点とトレードオフ
- 再現性 vs. 自動最適化: モデル自動選択は生産性を押し上げますが、誰が・何を・どの条件で選んだかの説明可能性と、再実行時の整合性を損ね得ます。ログやプロンプトファイルでの“出自の記録”が重要です。
- 権限境界の明示: ツールセット選択や機密編集の確認は、権限最小化と責任分界の実装です。人間の最終判断をどこに残すかを、意識的に設計する必要があります。
- リポジトリ駆動のガバナンス: AGENTS.md のように“コードとしての規範”は、拡張の設定よりもレビューに載せやすく、監査・継承・派生に強い一方、肥大化すると可読性を損ねます。短く、テスト可能な単位で保つのが定石です。
- 既定の安全側: MCP の自動検出を無効化した判断は、利便より安全を優先する姿勢を示します。エンタープライズや顧客案件では歓迎されるバランスです。
実務導入の指針
- 実験的機能は小規模なワークスペースから: まず個人リポジトリや検証用モノレポで、設定や権限の粒度を詰めます。その後、チーム規模へ段階的に拡大します。
- AGENTS.md を最小の責務で書く: “プロジェクトの目的”“禁止事項”“使用可能ツール”“確認が必要な操作”の4点に絞ると、読み手とエージェントの双方に明快です。変更は Pull Request でレビューしましょう。
- プロンプトファイルとモードの標準化: コードレビュー、セキュリティ点検、ドキュメント整備など、反復する仕事はモード化し、同じ入口から起動できるようにします。秘密情報は外部化し、履歴に残さない運用を徹底します。
- 承認のスコープ設計: 自動承認は“ターミナル限定”→“特定プロジェクトのみ”→“グローバル”の順に広げます。監査ログや CI の再現手順を添えて、ヒューマンリードな統制を残します。
- MCP は明示的な有効化+ドキュメント化: 接続先、提供コンテキスト、期待される振る舞いを README/運用ガイドに記述します。異常時の切り離し手順も合わせて用意します。
他ツール比較と私見(Cursor / Kiro)
Cursor は“AI 同伴のコーディング体験”を積極的に前に出す設計で、勢いとテンポの良さが魅力です。一方で無料枠を使い果たした時点での体験に戸惑いを覚える人もいるでしょう。VS Code はオープンな土台と拡張生態系を基盤に、“自分の道具を自分で設計する”余白の広さが強みです。AGENTS.md を活用すれば、Kiro が得意とする“リポジトリに根ざした作法の埋め込み”を VS Code 上でも相当程度再現できます。Kiro はまだプレビュー段階であり、独自の哲学と体験設計が今後さらに磨かれていくはずです。両者は競合というより“選べる思想”として共存し、現場の要件に応じて併用されていくでしょう。
まとめ
VS Code 1.104 は、チャット/エージェント、承認、安全性、MCP、ターミナル/タスク、エディタ体験を横串で見直し、“AI 時代の編集基盤”としての骨格を一段と明瞭にしました。とりわけ AGENTS.md とプロンプトファイル連携、そしてモデルやツールの選択性の拡充は、チームの作法と編集環境を同じリポジトリで管理する実務的な流儀を後押しします。オープンな生態系の上で、拡張、プロトコル、設定、文書がほどよく結び付く方向は、長期利用に耐える道具の条件を満たしています。静かな速度で、着実に前進していると評価します。