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学生時代の教師の指示が理解できなかった経験|発達障害の視点から見た「指示理解困難」

2025年10月21日 • 1分で読める
発達障害と自己理解
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子どもたちとの関わりから見えた自分の姿

子どもたちが発達障害の特性を持つようになり、その支援方法について学ぶ機会が増えました。特に、「口頭指示が通りにくい」「複数ステップの指示を忘れてしまう」「指示の意図が理解できない」といった行動パターンについて、専門家の解説や教育現場での工夫を目にすることが多くなりました。

ところが、これらの特性を学べば学ぶほど、自分の学生時代がちょうどそのようだったことに気がついたのです。「なぜあの時、先生の指示がわからなかったのだろう」「どうして何度も『指示をちゃんと聞きなさい』と叱られたのだろう」という、長く引き継ぎに残っていた疑問の正体が、ようやく明らかになってきたのです。

学生時代に経験した「指示理解困難」

複数ステップ指示での記憶消失

学生時代、担任や授業の先生から指示を受けるたびに、同じパターンの問題が繰り返されていました。例えば、授業終了時に「今日の宿題は、ワークの第3章15ページから18ページまでを解いて、提出ノートにやったページ数を記入すること。わからないところは参考書で調べてから、質問を出すように」といった3ステップ以上の指示をされたとします。

その時は「わかりました」と返事をするのですが、机に戻ってノートを開くと「あれ、何をすればいいんだっけ」という状態になってしまうのです。最後に言われた「質問を出す」ということは覚えているのに、最初の「ワークの15ページから18ページ」という部分は頭から消えてしまっているのです。

当時は、これを「ちゃんと聞いていなかったから」「注意散漫だから」と解釈され、先生からも親からも「もっと集中しなさい」と言われていました。しかし、実際には聞こうとしていたし、理解しようとしていたのです。その時点では理解できていたはずなのに、数秒後には失われていたのです。

指示の背景にある意図の理解困難

もう一つの困難なパターンもありました。「提出物は端に3cm空けて、赤ペンで提出日を記入してから出すように」という指示をされて、その通りにできます。でも、「なぜそうするのか」という背景にある意図までは、なかなか理解できなかったのです。

大人になってから考えると、それは「教師が採点時に見やすくするため」「どの授業分の提出物なのか判別するため」といった実際的な理由があるはずです。しかし、学生時代の自分は、その指示の理由や目的を深掘りして考える力がなく、「そういうルール」として機械的に従うだけでした。結果として、指示の意図を理解していないので、少し違う状況では応用ができず、また新たに指示を受ける必要があったのです。

「わかりました」と言ったのに実行できない

最も誤解されやすかったのが、このパターンです。「宿題をちゃんとやったのか」と親に聞かれて「やるように言われました」と答えられるし、その時点では「宿題をする」という指示を理解したつもりになっていました。しかし、その夜になると「あれ、宿題、何だった?」という状態になっていることもしばしばでした。

親にしてみれば、「わかったと言ったのに、なぜやらないのか」という不信感が生じますし、教師にしてみても「聞いているのに実行しない生徒」と見えるのです。でも、本人(つまり、学生時代の自分)の視点からは、「本当に指示の内容を忘れてしまった」のです。

指示理解困難の神経生物学的背景

これらの経験は、決して個人の「努力不足」や「性格の問題」ではなく、脳の機能的な特性に基づいています。特に、以下の神経生物学的メカニズムが関わっていると考えられます。

ワーキングメモリの容量制限

ワーキングメモリは、短期的に情報を保持し、処理する能力です。複数ステップの口頭指示をされたとき、各ステップを一時的にワーキングメモリに保持し、それらを整理・統合する必要があります。

しかし、ADHD傾向のある人では、このワーキングメモリの容量が制限されやすいという研究報告があります。特に、聴覚情報(言葉による指示)は、視覚情報よりもワーキングメモリへの負荷が大きいとされています。つまり、口頭で「A、B、C、D」と4つのステップを聞かされた場合、定型発達の人は4つすべてをメモリに保持できるかもしれませんが、ワーキングメモリに課題がある人は「A、B、C」までは保持できても、「D」を聞いた時点で「A」が消えてしまう、といった現象が起こるのです。

情報処理の遅延

もう一つの要因として、聴覚情報から意味を抽出し、それを長期記憶(または実行計画)に変換するまでの処理速度が遅い可能性があります。指示を聞いてから、それを「やることリスト」に変換するまでに、定型発達の人より多くの時間が必要なのです。

学校の授業では、指示が与えられた直後に次の活動が始まります。その間に処理を完了する必要があるのですが、処理が追いつかないと、指示の内容が記憶に定着しないまま、次の情報が入ってくるという事態が生じます。

実行機能と指示理解の関連性

指示理解困難は、単なる「記憶の問題」ではなく、実行機能全体の課題と関連しています。特に、「指示の優先順位付け」「複雑な指示を小さなステップに分解すること」「指示の目的を推論すること」といった、いわば「指示を処理するための指示」が求められるのです。

学生時代の自分は、教師からの口頭指示に対して、これらの処理をリアルタイムで行うことができていなかったのです。

子どもたちの発達障害と大人の自分の経験の共通点

現在、子どもたちの成長を支援する中で、自分が学生時代に困っていたことと同じパターンを見かけます。

「聞きなさい」では解決しない

学校現場では、子どもが指示に従わない時、「ちゃんと聞きなさい」という指導がなされることが多いのです。しかし、私たちが学んだのは、問題は「聞く力」ではなく「聞いた情報を処理し、保持し、実行に移す能力」なのです。

聞く力が十分にあっても、ワーキングメモリの容量が満杯だったり、情報処理が追いつかなかったりすれば、結果として指示が実行されないのです。逆に、子どもたちに対して「指示を書き出してあげる」「ステップを視覚化してあげる」「一度に1ステップずつ与える」といった工夫をすると、同じ子どもが指示にちゃんと従うようになります。

環境設計の重要性

大人になった自分が、職場や日常生活でうまくやっていられるのは、「努力が足りないから頑張る」のではなく、環境を変えているからなのです。例えば、重要な指示はメールで受け取り、後で見直せるようにする、複数ステップの作業は自分でチェックリストに書き出す、といった工夫です。

学生時代の自分に足りなかったのは、このような「環境設計」の工夫であり、それを実行する権限や方法を知らなかったことなのです。子どもたちも、同じように環境設計の支援を必要としています。

大人になってからの対応策と工夫

これらの気づきを踏まえて、現在の自分は以下のような工夫をしています。

指示の「可視化」と「保存」

重要な指示を受けたとき、特に複数ステップの指示の場合、自分でそれをメモに書き出すか、相手にメール送信を求めます。これにより、ワーキングメモリの容量を節約し、後で見直すことができます。

指示を「小分け」にしてもらう

複雑なプロジェクトの場合、一度にすべてのステップを聞くのではなく、「次に何をすればいいのか」をその都度確認するという方式を取ることがあります。これは、一見すると非効率に見えるかもしれませんが、ワーキングメモリの負荷を軽減し、ミスを減らすという点では合理的です。

指示の「意図」を確認する

学生時代と違い、大人になってからは、指示の背景にある意図を質問しても許容されるようになりました。「この指示の目的は何ですか?」「この工程は絶対必要ですか?」といった質問をすることで、本質的な理解が深まり、応用力も向上します。

学校教育との振り返り:「怠け」ではなく「機能的課題」

学生時代に「指示が理解できない」ことで、どれだけ叱られ、どれだけ「もっと頑張れ」と言われたのか、今でも思い出します。親からも、教師からも、友人からも、「もっと真面目にやれば」「注意散漫だから」という指摘を受けました。

しかし、大人になって自分の脳の特性を理解し、子どもたちの発達障害を学ぶにつけて、その時の困難は決して「怠け」や「不真面目さ」ではなかったことが明らかになりました。むしろ、自分は必死に理解しようとしていたのです。ただ、その時点での脳の成熟度や機能的な特性が、それを許さなかったのです。

もし学生時代の自分が、今の知識と工夫を持っていたら、どれだけ違った学生生活が送れたのか、と思うことがあります。そして、今の子どもたちが同じような辛い経験をしないよう、学校現場や家庭の中で、適切な環境設計と理解が広がることを願います。

まとめ

子どもたちの発達障害への理解を深める過程で、自分の学生時代が見える化されました。「教師の指示が理解できない」ことは、決して個人の努力不足ではなく、ワーキングメモリや実行機能といった神経生物学的な機能課題に基づいていたのです。

この気づきは、単なる「自分の過去の理解」にとどまりません。子どもたちへの適切な支援は、「努力しろ」という精神論ではなく、「環境を変える」という実行的なアプローチにあることを教えてくれました。

指示理解困難は、子どもたちの間だけの問題ではなく、大人の中にも存在します。そして、その困難に直面している人は、決して怠け者ではなく、ただ異なる脳の機能特性を持っているだけなのです。

参考文献

  • CHADD. “Executive Function & ADHD.” The National Resource Center on ADHD. Retrieved from https://chadd.org/about-adhd/executive-function-skills/
  • Kofler, M. J., et al. (2010). “Working Memory Deficits in Children with Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder: The Implications for Academic Performance and Social Functioning.” Journal of Learning Disabilities, 43(3), 231-244.
  • Jarrett, M. A., & Ollendick, T. H. (2012). “A Conceptual Model of the Etiology of Selectively Muted Children.” Neuroscience & Biobehavioral Reviews, 36(2), 834-843.
  • ADDitude Magazine. “How AI Can Help You Get Things Done.” ADDitude, 2023. Retrieved from https://www.additudemag.com/ai-productivity-tools-for-adhd-brains/
  • National Institute of Mental Health (NIMH). “Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder (ADHD).” Retrieved from https://www.nimh.nih.gov/health/topics/attention-deficit-hyperactivity-disorder-adhd
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